交流広場   川柳創作交流広場   その(1)
 俳句と川柳との違いについて論ずることは大変に厄介なことである。そして、その違いについて、あれかこれかしても、共に、十七音の短詩型文学として、「俳句は俳句、川柳は川柳」として、別個の領域のものであるということを思い知るのである。
 前田雀郎は、「連句の中で支えられた性格をそのまま持って独立したものが今日の俳句と川柳である」として、「俳句は連句の発句、川柳は連句の平句(発句・脇・第三・挙句以外の句)」に由来があると喝破した(『川柳探求(有光書房)』)。そして、雀郎は連句の長句のスタイルの十七字音の川柳だけではなく、連句の短句スタイルの十四字音の川柳(これを川柳として認めるかどうかについては異論はあるが、少なくとも、雀郎はこれを川柳の一体とみなしていた)を多作していた。
ここは、雀郎に倣って、連句の付句の要領で、そして、その付句を独立するという方法で、今や、殆ど省みられることもない、十四字音川柳(これを十四字(句)又は七七句という場合もあるが、川柳の世界では「十四字」という言葉が一般的なようである)の創作を試みることといたしたい。
 なお、原句は、「橘」の松本旭主宰の俳句を立句として、その脇句を付け、その立句と脇句から、独立した十四字(川柳)を創作するという手順で試みることといたしたい。

 一 吾子口まで蛙のごとく湯につかる(旭・昭和三〇作) ※蛙(春) 
    のぼせた吾子を見守る春夜(晴生)        ※春夜(春)
 ○  蛙の面に水かけどおし(雨生) ※「蛙の面に小便」の連想
 二 鬼灯の花に風あり包丁音(旭・昭和三〇作)     ※鬼灯(秋)
    真昼の一時秋刀魚の匂い(晴生)         ※秋刀魚(秋)
 ○ 秋刀魚の詩など口ずさむ我(雨生) ※佐藤春夫の秋刀魚の詩などの感慨
 三 紅きダリヤの一大輪を鶏が視る(旭・昭和三二作)  ※ダリヤ(夏)
    晩夏の西に夕陽が沈む(晴生)          ※晩夏(夏)
 ○ 天竺牡丹それに魅せらる(雨生) ※ダリヤのことを別名「天竺牡丹」という
 四 積み上げし書は目の高さ酷暑来る(旭・昭和三二作)  ※酷暑(夏)
    怠け心に土用風来る(晴生)            ※土用風(夏)
 ○ 積んどくだけの我が家の書斎(雨生) ※書を読まずに積んどくの風刺 
 五 舟屋根の夜の雪おとす信濃川(旭・昭和三二作)    ※雪(冬)
    宿の灯ともり眠る山々(晴生)           ※山眠る(冬)
 ○ 川音もまた良き子守り唄(雨生) ※「眠る山々」と「子守り唄」の組合せ  
 六 菊の香の弥勒の足に触れて見し(旭・昭和三二作)   ※菊(秋)
    外は秋空広隆寺(晴生)              ※秋(秋)
 ○ 弥勒菩薩の薬指癒ゆ(雨生) ※「弥勒菩薩の薬指を折った」事件の連想など
 七 蕨籠抛り出したるまま遊ぶ(旭・昭和三七作)    ※蕨(春)
    グウちょきバア嗚呼早春譜(晴生)        ※早春譜(春)
 ○  腕白小僧競う木のぼり(雨生) ※かっての「早春譜」の思い出など
 八 島椿牛引く乙女来りけり(旭・昭和三七作)    ※椿(春)
    すぐそこに見ゆ春の火の山(晴生)       ※春(春)
 ○ 牛を残して去る三宅島(雨生) ※「三宅島」集団脱出のことなど
 九 ただ蒼天金魚交(あ)ふとき動かずに(旭・昭和三七作) ※金魚(夏)
    命の仕草更ける夏の夜(晴生)            ※夏の夜(夏)  
 ○ 出目金の出目流し目に良し(雨生)※テレビで出目金外人が話題となっていた。
一〇 炎天の木曾の野鼠溝抜ける(旭・昭和四〇作) ※炎天(夏)
    鳥居峠を驟雨が見舞う(晴生)       ※驟雨(夏)
○ 様々の人木曽路を通る(雨生)※『武玉川』の「様々な人が通って日が暮れる」
                 のもじり
一一 木枯や鬼の棲家に子等遊び(旭・昭和四一作) ※木枯(冬)
    安達ヶ原の枯野行く旅(晴生)       ※枯野(冬)
○ 安達ヶ原の鬼の姑(雨生)※「安達ヶ原の鬼婆」のもじり
一二 朝雨や市の茄子(なすび)は海の色(旭・昭和四一作)※茄子(夏)
    輪島朝市海猫も来る(晴生)           ※海猫(夏)
○ 猫の声聞き旅思い出す(雨生)※鳴く時の声が猫に似ているので海猫という。
一三 棚経の僧と連れだつ瀬田の橋(旭・昭和四三作)※棚経(秋)棚経は盂蘭盆会の時、
                          精霊棚の前で僧が読経を行うこと
    見晴らし台から秋の湖(うみ)を見る(晴生)※「秋」(秋)
 ○ 棚経の後施主お布施出す(雨生) ※古川柳の「棚経のうしろで布施の相談し」などのもじり
一四 蝉取りの子と涼みけり松の下(旭・昭和四四作)※蝉・涼む(夏)
    昔々の夏休みのこと(晴生)        ※夏休み(夏)
○ 蝉時雨のとき敗戦記念日(雨生) ※八月十五日の終戦の日の思い出
一五 元旦のまづ鬼城句を誦しけり(旭・昭和四五作)※元旦(新年)
   初便りまた村上鬼城(晴生)         ※初便り(新年)
 ○ 耳失いて俳句に生きる(雨生)※鬼城は耳の悪さに倍してその俳眼は抜群であった。
一六 菜の花や車地蔵の由来聞く(旭・昭和四六作) ※菜の花(春)
    花びらの下庚申の塚(晴生)        ※花(春)
○ 石の地蔵の欠けた唇(雨生) ※『武玉川』の「石の地蔵の青い唇」のもじり 
一七 父母も豆撒くらむか雪霏々と(旭・昭和四六作)※雪(冬)
    節分の夜は静かに暮れる(晴生)      ※節分(冬)
○ どこもかしこも節分の鬼(雨生) ※荒んだ世の中の風刺